「後任の者です。前任からは特に引き継ぎ資料をもらっていません」。SNS運用の相談を受けるとき、最初にこう聞かされることがあります。結論を先に言うと、SNS担当者が代わるときに抜けやすいものは、投稿のアイデアではありません。アカウントの権限、過去の数字とその判断の記録、投稿の型、素材の在り処、外部パートナーとの取り決め、過去に問題になった論点の六つです。この六つを順番に確認していくと、引き継ぎで何が欠けているかが具体的になります。
引き継ぎで抜けやすいものは六つある
引き継ぎの現場でよく抜けているのは、次の六つです。
| 抜けやすいもの | 具体的な中身 |
|---|---|
| アカウントの権限とその管理者 | ログインID、二段階認証の設定先、管理者権限を持つ人数 |
| 過去の数字と判断の記録 | 何を試して、どういう結果になり、なぜその判断をしたか |
| 投稿の型 | 投稿文の構成、画像の比率、確認フロー |
| 素材の在り処 | 撮影データ、デザインの元データ、過去の投稿一覧の保管場所 |
| 外部パートナーとの取り決め | 契約内容、稼働範囲、連絡窓口、費用の発生条件 |
| 過去に炎上やクレームがあった論点 | 何がきっかけで、どう対応し、今どんな配慮が必要か |
投稿のアイデアやネタ帳は引き継がれることが多い一方、この六つは引き継ぎのリストにそもそも入っていないことがあります。理由は単純で、日々の運用の中では意識する場面が少なく、担当者が交代する瞬間まで、誰も一覧として書き出したことがないためです。
抜けたまま引き継ぐと何が起きるか
権限が抜けると、次の投稿を出すこと自体ができなくなります。過去の判断の記録が抜けると、後任者は同じ失敗を検証済みと知らないまま繰り返します。投稿の型が抜けると、アカウントの見た目や文体が担当者交代のたびに変わり、フォロワーから見た一貫性が崩れます。
外部パートナーとの取り決めが抜けると、稼働範囲や費用の認識が食い違ったまま関係が続きます。過去の炎上やクレームの論点が抜けると、後任者が同じ表現やテーマに気づかず触れてしまう可能性が残ります。どれも、引き継ぎの時点では見えにくく、数ヶ月後に問題として表面化しやすいという共通点があります。
問題が表面化したときには、すでに前任者と連絡が取りにくくなっていることも珍しくありません。異動先が変わっていたり、退職して社外の人間になっていたりすると、確認したいことがあっても気軽には聞けなくなります。引き継ぎの時点で確認しておくべきことは、その時点でしか確認できないという前提で臨む必要があります。
権限まわりを最優先にする理由
六つのうち、最優先で確認すべきは権限です。権限が整っていなければ、他の五つをどれだけ丁寧に引き継いでも、実務が始められません。
権限の引き継ぎで確認することは、ログイン情報だけではありません。誰が管理者権限を持っているか、前任者の権限をいつ外すか、二段階認証の連絡先をどう切り替えるかまで含めて確認します。広告アカウントや分析ツールなど、SNS本体以外に連携している外部サービスがあれば、そちらの権限も合わせて棚卸しの対象にします。前任者が退職した後もアカウントへのアクセス権限が残っている状態は、セキュリティ上のリスクになります。引き継ぎのタイミングで、権限の棚卸しを一度行うことをおすすめします。
引き継ぎ資料に何を書くか
引き継ぎ資料には、次の内容を書きます。
- アカウントごとの権限一覧と、管理者の連絡先
- 直近半年から一年の主な数字の推移と、その数字をどう判断してきたか
- 投稿の型と、制作から公開までの確認フロー
- 素材データの保管場所とファイル命名のルール
- 外部パートナーの契約内容と連絡窓口
- 過去に問題になった表現やテーマと、その経緯
数字そのものを羅列するより、その数字をどう解釈し、何を判断材料にしてきたかを書く方が、後任者にとって価値があります。数字の裏にある判断の理由は、担当者が変わると失われやすい情報です。すべてを文章で残そうとすると作成の負担が大きくなるため、数字の記録は表にまとめ、判断の理由だけを短い文章で添える形にすると、引き継ぐ側の負担も抑えられます。
受託でクライアントの担当者交代に立ち会うことがありますが、権限とアカウントの資料は引き継がれていても、過去の判断の記録が引き継がれていないケースを何度も見てきました。結果として、後任者が以前検証済みの施策をもう一度試すことになり、同じ検証を繰り返すことになった場面もありました。
受け取る側が最初にやること
引き継ぎを受ける側は、まず権限が実際に動くかを確認します。ログインできるか、投稿できるか、インサイトを見られるかを、引き継ぎの初日に一通り試してください。
次に、引き継ぎ資料に目を通し、分からない点を前任者に確認できるうちに聞いておきます。前任者と話せる期間が短い場合ほど、この確認を後回しにしないことが重要です。投稿の型や外部パートナーとの取り決めは、資料を読むだけでは分からない前提が含まれていることがあります。
引き継ぎの期間そのものも、可能な範囲で確保しておきたいところです。前任者と後任者が同時に業務にあたれる期間があれば、資料に書かれていない細かい判断の基準を、その場で質問しながら確認できます。重なる期間を取れない場合は、資料の作成により多くの時間をかけ、退職や異動の後でも連絡が取れる方法をあらかじめ決めておく方が安全です。
そのうえで、すぐに投稿の型や運用方針を大きく変えないことをおすすめします。まずは既存の型で運用し、数字の推移を見ながら、変える理由が説明できる部分から手を付ける方が、フォロワーや取引先への影響を小さくできます。
引き継ぎを控えているなら、まず権限の一覧を作ることから始めてください。誰が何にアクセスできるかを紙に書き出すだけで、次に何を確認すべきかが見えてきます。